9.10.09

Forêt de soleil du matin


大正三年、千葉鴨川の山奥に生まれた祖母は、幼少の砌(みぎり)、蓮のつぼみが開くときポンという音がする、という話を御親(みおや)から聞かされ、その音を聞いてみたくなり、夜明けの前に家を出て、薄闇のなかを、蓮の茂る池に、てくてく歩いて行ったとな。近くの池と言っていたような気もするが、毎日片道九キロの山道を歩いて登下校していた人のいう「近く」はあてにならない。
 おかっぱ頭で、草鞋(わらじ)をはいて、簡素な着物をまとった好奇心旺盛な少女は、池のほとりまで来ると、今にも音を立てそうな、半開きのつぼみの近くにしゃがみこみ、息をひそめ、耳をすませてじっと待った、神妙な音とともに、つぼみのぱらりと弾けるその瞬間を。もしも絵を描くすべを心得ていたら、その情景をえがいてみたい。電信柱の見あたらない山、霞(かすみ)の蒼くたちこめる森、木立ちのささやき、目覚めの挨拶をかわす山鳥、河童の潜んでいそうな妖しい静謐(せいひつ)をたたえた池面に、つつましく浮かぶ蓮っぱをかいくぐり飛び移るあめんぼ、朝露に溶けた草切れが草鞋を染め、池のふちで瞑想にふける少女の背中を、森陰からものめずらしげに眺める兎……。おてんとさまが顔を出すまでがんばってみたが、念願の音は聞けずじまいだったとさ。上の画は友人のIwasakiさんがこの話に着想を得て描いた「曙の森」。                         
                                     
つづき・・・ 

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